東北の子たちにこけしを

2012.05.19 Saturday

伝統こけしは東北で生まれて全国に散らばっていき、こけしスマイルをひろめてきた。もしあなたの家にあまっている伝統こけしがあったら、おもちゃや人形を流されてしまった東北の子どもたちに送ってあげよう、と沼田元氣が呼びかけている。

こけしをみると
あなたを思い出す
こけしの笑顔は
あなたの笑顔
こけしが笑うと
あなたも笑う
あなたが笑うと
こけしも笑う
あなたの生まれ
育った東北は
こけしのふる里
こけしのふる里は
笑顔のふる里
おだやかで
やさしい
笑顔のふる里

----- 沼田元氣

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詳しい情報は彼のウェブページをお読みください。



沼田元氣についてはこのブログでも何度も紹介しました。
そちらも参考までに。





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Mother

2012.05.13 Sunday

今日Twitterにどなたかが書き込んでいたのですが、南北戦争のあと「夫や息子を二度と戦場に送りたくない」というお母さんたちの願いから作られた記念日が「母の日」の起源なのだそうです。知りませんでした。

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天国にいるぼくの母と、これを読んでくれているすべてのお母さんたちにカーネーションを捧げます。


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ムンク『叫び』

2012.05.03 Thursday

ムンクの『叫び』が史上最高の競売額(96億円?)で落札されたというニュースが駆け巡っている。数年前ぼくは穴があいた靴下を眺めていて、こんな写真を撮った。
すぐに捨ててしまったけど、競売に出すべきだったかも :-)

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今日は憲法記念日。
以前もブログで紹介しましたが、ぼくが訳した「日本国憲法 前文」を読んでください。




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ありがとうございます

2012.04.26 Thursday

昨日25日は、ぼくの誕生日だった。
FacebookでTwitterでBlogでEmailでたくさんのメッセージが届いた。健康を心配してくれているものも多くて、読んでいくだけで不覚にも涙ぐみそうになった。

そうそう『デッド・ムーヴィー』DVDの発売日だ、とアマゾンを覗いたら、発売日にいきなり「在庫切れです」と表示されていた。
そのあとダルビッシュと黒田の素晴しい投手戦をTVで楽しんだ。

野球が終わったころ迎えの車がきて、行く先も知らされないまま乗り込んだ。
着いたのは海を見晴らすレストランだった。サプライズ・ランチへのご招待だった。
おいしいシャンパンとワインとイタリア料理をご馳走になったあとは、用意されていた花がテーブルに届けられた。この季節にぼくが好きな花、ガクアジサイだった。
朝からゆるみがちだった涙腺が、またゆるみそうになった。

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バースデイメッセージをくださったみなさん、ありがとうございます。
ほんとうならおひとりずつにご返事しなければいけないのですが、数が多すぎてとりあえずこの日記でお礼を言わせてください。
感謝します。ほんとうにいい誕生日でした。


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グレイトフル・デッド・ムーヴィー 4

2012.04.24 Tuesday

このブログ連載を読んで予約注文をしてくれたみなさん、どうもありがとう。
アマゾンの売上ランキングでは今日も一位の座にいます。35年も前に作られた映画なのに、こんなことが起きるなんて。

『デッド・ムーヴィー』は、デッドヘッズが主役の映画でもあります。
14,5年前にアメリカのあるデッド会議室で「映画に出ていたヘッズはいったい誰だったのか?」というリサーチが行われたことがありました。

開演前の会場で低音の奇妙な声を発していた女性は、今も北カリフォルニアに暮らすボニー。他の場所にいる友人たちに自分の居場所を知らせるためにいつもやっていたことだそうです。
最前列で歌い続け、陶酔した表情がたまらない青年はリサーチでは「ビクターという名で今はパロアルトでペンキ屋をしている」とのことでしたが、今回のDVDでは映画編集者たちがグレッグと呼んでいます。グレッグ・ビクターという名前かも知れません。
自作の詩を暗唱する青年は「どこか遠くからきた人」としかわかっていなかったのですが、編集者たちはイギーと呼んでいます。

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その他、会場の外で缶ビールを持っている東洋人は中国系アメリカ人のデーブ。
友人たちのために最低7枚のティケットがほしいと頼んでいる女性はフランシーヌ。フィル・ゾーンの常連だったようです。『シュガーマグノリア』に合わせてまるでローラースケートをはいているような見事な踊りを見せる男は、カウボーイとかサニーとか呼ばれていたそうで、フランシーヌの仲間です。
同じ曲のときステージで妖精のような、動く詩のようなダンスを踊る長い髪の女性はノエル。ドラムキットの横で炎をあげる男はブーツと呼ばれていた、実はマール・サンダースのステージマネージャーだったとか。などなどなど。

しかしリサーチの際いちばん話題にのぼったのは、この映画にも出てくるクライド・ウイリアムスさんでした。世界で一番愛されている警備員と言われ、ウイリーと呼ばれていた彼が亡くなったばかりのころだったからです。

「ティケットを高くあげて。ティケットを持ってない人は行列を間違えてるよ」


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グレイトフル・デッド・ムーヴィー 3

2012.04.12 Thursday

『グレイトフル・デッド・ムーヴィー』日本語版DVDが、アマゾンの海外音楽映画部門の売上ランキングで1位になっているという情報が入りました。まだ売り出されてもいないのに、すごいことだね。

この映画についての連載は2回で終わらせるつもりでしたが、書きのこした大事な点があるので続けます。なぜこの映画が作られることになったのか、ということです。

1974年3月にデッドは「音の壁(Wall of sound)」と呼ばれる空前絶後の音響システムをデビューさせました。
「641台のスピーカーから成る26400ワットのサウンドシステム。コンセプトは過激なほど単純だ。ミュージシャンのすぐ後ろ側に、それぞれの楽器、それぞれのマイクのためのスピーカーを巨大な山のように積み上げるというもの」(『スケルトン・キー グレイトフル・デッド辞典』(工作舎)』より)
ぼくは無念なことに「音の壁」を体験したことがないのですが、体験した人たちはその音の信じがたいほどの素晴らしさ、透明さを口々に語ってくれたものです。
しかし巨大過ぎて設営に時間と人手がかかり、2セットを用意してひとつは次のツアー先で準備を始めていなければなりませんでした。怪物のようなシステムだったんです。
半年ほどでデッドは財政的に継続が困難になり、その最後の5日間を映画に残しておくことにしました。
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「音の壁」を知るデッドヘッドからこう聞いたことがあります。
「たった5ドルで、天国へのティケットが買えたんだよ」
短い言葉ですが、すべてを語っている深い言葉でした。
当時のデッドは客が増えつつあったとは言え、せいぜい5000人から一万人の規模のバンドでした。そんな安いティケットで維持できる音響システムじゃなかったわけです。
3階だてビルの高さだった「音の壁」はその後分解されて、25ほどのバンドに活用されたそうです。


                           (続く)
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グレイトフル・デッド・ムーヴィー 2

2012.04.07 Saturday

ジェリー・ガルシアと映画編集者、アニメーターたちが2年以上の歳月をかけて作り上げた最初の『グレイトフル・デッド・ムーヴィー』は「完成度の高い」6時間(!)の超長尺だったようです。当然、一般公開できる尺ではありません。そこで絞りに絞り、削りに削ったものが映画『グレイトフル・デッド・ムーヴィー』になったわけです。

今回のボーナス・ディスクは、そのときに削られた映像で構成されています。
本編と違って客席やデッドヘッズはほとんど出てきません。ステージ上の演奏風景ばかりです。キャンディス・ブライトマンの優しい照明を受けたジェリーの指先のアップ。ジャムの合間に目くばせするメンバーたち。こんな凄い映像、こんな凄い演奏がこれまで公開されてなかったことに驚くばかりです。

こんな『チャイナ→ライダー』こんな『ダークスター』こんな『アザーワン』を外してでも、裏方のクルーを紹介するシーンやロビーでもめるデッドヘッズのシーンを残すことに決めたジェリーの志の高さに舌を巻きます。
グレイトフル・デッドとはステージにいる5人か6人のメンバーを指すだけの言葉ではない。音響装置を組み立てる連中のことでもあり、オフィスのスタッフのことでもあり、会場の入り口で「ティケットを上に揚げて。楽しんでおいで」と声をかけている警備員のことであり、やってきたデッドヘッズのことでもある。そんな人たちが全員参加して作り上げるのが、デッドショーなのだ。
グレイトフル・デッドというのはそんな素敵なコミュニティの名前でした。

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2枚組DVDに収められた多くのインタビュー、資料類からも、この映画が気が遠くなるほどの時間と労力をかけて(しかもみんなすごく楽しみながら)作られたものであることがわかります。
そして本気で作られた「ほんとうにいいもの」は公開当時には理解されなくても、こうやっていつかは世界中の人たちの心の届けられていくものなんですね。音楽にかぎらず、もの作りに関わる人たちには誰にでもたくさんのヒントをくれるはずです。

『グレイトフル・デッド・ムーヴィー』についての連載はとりあえず2回で終わります。書きたいことはまだまだあるので、4月25日という発売日以降に、ぼくやみなさんの手許にDVDが届いてから、また語り合いましょう。
4月25日! ぼくの誕生日です :-)


                      (でも、続く)


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グレイトフル・デッド・ムーヴィー 1

2012.04.04 Wednesday

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引っ越して最初にやったのが『グレイトフル・デッド・ムーヴィー』の日本語版DVD(2枚組)の仕事でした。4月25日の発売日も決まり、予約販売も始まり、ネット上でも話題になりだしたようなので、ぼくも紹介しておきます。
これまでにもビデオ化はされていたのですが、DVD化にあたって日本語字幕も新しく翻訳され、ぼくはその監修をし、24ページ・ブックレットの翻訳も引き受けました。

『グレイトフル・デッド・ムーヴィー』がどのような内容の映画であるのかはすでにネット上に多くの広告が出ているので、ぼくはなるべく別の角度から語りたいと思います。

1974年10月の5連続公演を撮影したこの映画は、ジェリー・ガルシアが生み出した最高傑作のひとつです。おおげさな物言いは苦手ですが、偉大な芸術作品であり、生涯を共にできる素晴しい映画です。
今回のDVDではじめて『グレイトフル・デッド・ムーヴィー』を観るという人たちも多いでしょう。そんな方たちのためにひとつだけアドバイスを。

DVDを入手したら最初は普通の映画として楽しんでください。
2度目に観るときは字幕を切り替えてください。この映画を編集したスーザン・クラッチャーらが映画を観ながら話し合っている字幕です。
冒頭の8分間の素敵なアニメーションが(CGもない時代に)どのように、なぜ作られたのか。なぜ編集に2年半もかかったのか。ジェリー・ガルシアと一緒に仕事ができるならあと30年でも仕事していたかったと回想する理由。『シュガー・マグノリア』は10月17日の演奏だけど、続く『サンシャイン・デイドリーム』は実は19日の演奏であるということ。
などなどなどなど。編集者たちと一緒に映画を観てください。
そうしたあと3度目に鑑賞すると、この映画が一瞬の無駄もない映像と一音の無駄もない音楽で作られた究極の音楽映画であることが理解できるはずです。

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映画をどう観るかなんて個々人の勝手だろうという声が聞こえてきそうです :-)
でも『グレイトフル・デッド・ムーヴィー』を生まれてはじめて観るチャンスというのは、人生で一回きりしかないので、老婆心ながらアドバイスしました。

このDVDは「ボーナス盤」もついた2枚組です。これが「ボーナス」などと軽い言葉では呼べないほどのものであることは次回の日記に書きます。

                         (続く)



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お帰り、北山耕平。

2012.03.22 Thursday

抱えていた仕事がようやくひと段落したので昨日、闘病中の友人北山耕平を病院に訪ねた。ぼくは鎌倉にきて以来はじめて電車に乗っての上京だった。

北山耕平は元気だった。右手がまだしびれていると聞いていたけど、握手をした手を強く握り返してくれたし、一緒にエレベーターで一階に降りて、自販機で飲み物を買ったりした。
闘病生活で痩せていたけど、むしろ精悍な顔つきに見えた。
痩せたことで落ちた筋力を取り戻すリハビリの日々のようだ。

以前「ハッピーバースデイ、耕平」という日記で紹介した彼の未発表の原稿を持っていったので、それを見ながら西丸文也の思い出話もした。
「日本って国がぐちゃぐちゃな国だってのが表に出てきた一年だったね」
「言わないこっちゃないよね」
などと世間話もたくさんした。ほんの数カ月前まで意識不明だったのが信じられない。奇跡的な恢復力だ。

1983年にふたりで書いた本『湘南 最後の夢の土地』を復刊してほしいという若い人たちがいるという話をしたら、あの本はぜひ、と目を輝かせていた。
ぼくも湘南に住みはじめたことだし、あの不思議なガイドブックについてはまた別の日のブログででも紹介したい。

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とにかく、元気で帰ってきてくれてよかった。
ご家族のご努力、お医者さんたちのご助力に感謝したい。もちろんたくさんの人たちの祈りの力も届いたに違いない。退院も近いと思う。

Welcome back, Kohei.

Let's work for peace.


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彼岸まで

2012.03.20 Tuesday

新しい住まいは、海岸からくねくねだらだらした細い登り坂を歩いてきた、山のふもと。
海抜20m近い、材木座の「奥地」だ。
はじめのうちは歩いて帰ってくると息切れがして玄関に倒れこんでいたものだけど、毎日歩いているうちに慣れてきて息切れがしなくなった。若いって、素晴しい :-)

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Lil' darlin'
It's been a long,
cold, lonely winter

いとしい人よ
長くて、寒くて
さみしい冬だったね

---- George Harrison "Here Comes the Sun"

今日は春分の日。
暑さ寒さも彼岸まで、だね。



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プロフィール
本名・長野眞
フライ・コミュニケーションズ代表

1948年生まれ。1971年に上智大学を卒業後、新聞記者、コピーライターの仕事を経験し、シカゴに留学。4年間の滞在を経て帰国後「日本国憲法」(小学館)を共同編集したことで本を作る楽しさを知り、フライ・コミュニケーションズを設立。
数多くの書籍を企画、編集、執筆し、言葉と映像の新しいコラボレーションを探ってきた。
現在は横浜の小さな森の中で自然とともに暮らしている。
NEW GREETING BOOKS

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再誕を、あなたの手で。
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ニュー・グリーティングブックスとして、生まれ変わります。
こんどは、世界に一冊だけの本。
本に新しい生命を吹き込むのは、
あなたです。

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